顕証寺には、長い歴史を今に伝える建造物や寺宝・法宝物が大切に伝えられています。本堂をはじめ、山門、長屋門、庫裏などの建物は、久宝寺寺内町の歴史とともに歩んできた顕証寺の姿を今に伝えるものです。

顕証寺に伝わる文化財と、親鸞聖人・蓮如上人・蓮淳師にゆかりのある寺宝・法宝物についてご紹介します。

顕証寺の寺宝


文化財

顕証寺には、本堂をはじめ、山門、長屋門、東長屋、西長屋、渡廊、庫裏など、江戸時代から受け継がれてきた貴重な建造物が残されています。

これらの建造物は、歴史的・文化的価値が認められ、大阪府指定有形文化財に登録されています。現在も法要や年中行事が営まれ、地域の歴史とともに大切に受け継がれています。

本堂

顕証寺 本堂

府指定有形文化財「本堂」

正徳6年(1716)、第十一代住職・寂寿尼師が願主となり再建された本堂です。縦・横・高さのいずれも30mを超える規模を持ち、大阪府内の木造建築としても非常に貴重な建物です。

堂内には江戸期の彫刻や天井絵が随所に施され、長い年月を経た今も、顕証寺の中心となるお堂として法要や行事の場を担っています。

長屋門・東長屋・西長屋・渡廊

顕証寺 長屋門・東長屋・西長屋・渡廊

府指定有形文化財「長屋門・東長屋・西長屋・渡廊」

普段は北門、西長屋、東長屋、渡り廊下と呼ばれている建物です。古い図面には、渡り廊下が「香房」と表記されたものもあります。

長屋と渡り廊下は、行事や法要において重要な役割を担ってきた建物であり、顕証寺の歴史を今に伝えています。

山門・築地塀

顕証寺 山門・築地塀

府指定有形文化財「山門・築地塀」

山門と築地塀は、境内の入口を形づくる建築です。比較的新しいものと伝えられてきましたが、調査の結果、寛政元年(1789)の棟札が確認されています。

久宝寺寺内町の景観とも深く関わり、顕証寺の歴史的な佇まいを伝える大切な建物です。

庫裏

顕証寺 庫裏

府指定有形文化財「庫裏」

宝永3年(1706)、本堂の再建より10年ほど早く完成した建物です。玄関・寺務所・台所など、現在も寺の重要な機能を担っています。

法要や行事を支える場として、また寺務を行う場所として、顕証寺の日常を今も支え続けています。


寺宝・法宝物

顕証寺には、親鸞聖人・蓮如上人・蓮淳師にゆかりのある寺宝・法宝物が伝えられています。いずれも顕証寺の歴史と法灯を今に伝える大切な品です。

親鸞聖人御影

親鸞聖人御影

親鸞聖人御影

親鸞聖人等身真向きの御影ともいわれる御影です。大津近松顕証寺、現在の近松別院において、蓮如上人の御染筆と伝えられています。

蓮淳師御度牒

蓮淳師御度牒

蓮淳師御度牒

折紙・紙本墨書による文書で、蓮如上人の御真筆と伝えられています。蓮如上人が六男・蓮淳師に「実名兼誉」「法名蓮淳」「仮名三位」を授与された時の文書です。

文明11年(1479)12月30日のものとされ、蓮淳師が得度して童名「光徳」を改めた時の文書と考えられています。

蓮如上人御救済大蛇骨

蓮如上人御救済大蛇骨

蓮如上人御救済大蛇骨

蓮如上人の御説法にまつわる伝承を今に伝える法宝物です。顕証寺に伝えられてきた寺宝の一つとして、大切に受け継がれています。

この寺宝に伝わる伝承


蓮如上人ご救済の大蛇骨


顕証寺由緒書に伝わる物語

蓮如上人がこの顕証寺(元西証寺)を建立の後、石山本願寺(現大阪城)を建立され、毎日御説法を欠かす日はなかった。

とある雨の降り止まぬ夜に、妙齢の女性が現れて、上人の前にひれ伏して申すには、

「実は前生において、ままこいじめをした恐ろしい心を持った母でした。悪因悪果の法により大蛇に生まれ変わり、毎日毎日、数千万の虫が肉を噛み、血をすすり、その苦しみはそれはもう耐え難いものです。

私は今、難波潟に住んでおりますが、昼の間、上人の御説法がそこまで響き伝わって参ります。その時、苦しみは薄らぐのです。

今は夜、お疲れでございましょうが、私は夜しか変身できませんので誠に申し訳ありません。私でも仏になれるように承りましたが、どうぞお救い下さいませ」

と。

上人、痛く哀れに思われ、如何なるものも無条件で救われていく阿弥陀如来の本願力の事を、誰でもわかる臨終説法としてお話なさった。

大蛇は喜んで、

「後世の人々に我が身をさらして、見せしめとして下さい」

と言って帰って行った。

その後、難波潟に屍体が浮かんでいた。指の爪とうろこは枚方の光善寺に有り、胴体は枚方のおろち塚に有るという。

御堂さんができる前に、顕証寺に移された。

学術調査から見た「大蛇骨」


学術調査から見た「大蛇骨」

平成29年(2017年)から平成30年(2018年)にかけて、大阪大学総合学術博物館をはじめとする研究者によって、「蓮如上人ご救済の大蛇骨」の学術調査が行われました。

調査では、頭骨の形状や大きさ、歯の並び、骨格の特徴などが詳しく観察され、さまざまな海洋哺乳類の標本との比較が行われました。

その結果、この寺宝はシャチの頭骨であることが明らかになりました。また、骨の状態などから、化石である可能性も指摘されています。

頭骨は全長約1.1メートルに及び、ほぼ完全な形で残されています。大型のハクジラ類の頭骨として保存状態が良く、現生のシャチとの比較研究にも役立つ、学術的に貴重な資料と評価されています。

一方、この寺宝には、古くから蓮如上人の御説法と大蛇の救済にまつわる伝承が語り継がれてきました。

学術調査は、この伝承を否定するものではなく、骨そのものを自然科学の視点から調べたものです。「蓮如上人ご救済の大蛇骨」は、顕証寺に受け継がれてきた伝承と、学術調査によって明らかになった自然科学的な価値の両面を持つ寺宝です。

親鸞聖人ご尊骨

親鸞聖人ご尊骨

親鸞聖人ご尊骨

顕証寺には、令和4年(2022)5月の分骨式により、親鸞聖人のご尊骨が分骨されました。これは顕証寺にとって大変意義深い法縁であり、宗祖親鸞聖人のみ教えを今に伝える大切な法宝物です。

分骨の経緯や慧光寺とのご関係、分骨式については、別ページにて詳しくご紹介します。


文化財を未来へ伝えるために

顕証寺の建造物や寺宝・法宝物は、長い年月を経て今日まで受け継がれてきました。一方で、木造建築である本堂をはじめ、保存と修復には継続的な手入れが欠かせません。

顕証寺では、これらの文化財を次の世代へ守り伝えるため、本堂の大修復事業にも取り組んでいます。寺の歴史を知っていただくことが、文化財を未来へつなぐ第一歩になると考えています。

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